【50年前の録音】1976年ビクターDJ大会で優勝|久米宏さんの総評と高田馬場BIGBOXの記憶
1976年2月、高田馬場BIGBOXで開催されたDJ大会。
私はこの大会で、10分間の構成を評価され1位をいただきました。
そして審査員は、久米宏 さん。
その総評を、50年後の今、改めて聴き返しています。
主催は日本ビクター。当時はコンポーネントステレオ全盛期で、音楽とオーディオが密接に結びついていた時代でした。
会場は9階の「ビクターミュージックプラザ」。
音楽・トーク・CMを組み合わせた10分間のDJ構成力が問われる大会でした。
この日、10名前後の参加者の中で私は1位をいただくことができました。
DJ大会に出場するまでの経緯
私がDJに興味を持ったきっかけの一つは、高校時代に聴いていたFMラジオのリクエスト番組でした。
リスナーのハガキが読まれ、そのまま曲紹介とともに音楽が流れる——その自然な流れに強く惹かれたのを覚えています。
当時、NHK佐世保放送局では、土曜日の午後にポピュラー音楽の公開リクエスト番組が行われていました。
技術者がレコードに針を落とし、自分の耳をカートリッジに近づけ耳を頼りに頭出しを行い、曲紹介のタイミングで音楽を流す。そんな手作業による放送に、音楽を届ける真剣さを感じていました。
当時はレコードも高価であったため、私は音質の良いFM放送を録音し、何度も繰り返し聴いていました。
特別にプロのDJを目指していたわけではありませんでしたが、自然と“曲紹介をしながら音楽を届ける楽しさ”に惹かれていきました。
上京した大学時代には、東京のアパートで、あらかじめ選曲した曲をもとに番組を構成し、友人たちを招いて1時間番組のような形で楽しんでいました。勿論、私がターンテーブルを持ってミキシングも含め、技術役とDJを兼ねていました。当時のテープは現在デジタル化し、約50本近くが残っています。
そんな学生時代の最後、友人の「原ちゃん」からDJ大会の存在を教えられ、挑戦することになりました。余談ですが、彼とは今でも上京の際には必ず会う仲です。
実は原ちゃんと、もう一人の友人・大吉さんとは、不思議な縁があります。
当時、二人は東京在住でしたが、帰省中に佐世保駅前で偶然再会。さらに後日、八王子と中野に住んでいた二人が、総武線・東中野駅のホームでドアが開いた瞬間に再び鉢合わせるという出来事もありました。
「こんなことがあるのか」と思うような再会を重ね、今では上京時に欠かせない大切な友人たちとなっています。
ビクター主催DJ大会とは
この大会は、日本ビクターが主催し、音楽とオーディオの魅力を伝えるイベントとして開催されていました。
特徴は
- 10分間のDJ構成
- 音楽+トーク
- 製品CMの挿入
という点です。
下記からは当時の雰囲気と日本ビクターの技術者の方の音出し、ミキシング等を味わって頂きたいと生テープをアップしたいところでしたが、著作権の関係で(音声は変えていませんが)、下記のYouTubeの音楽を挿入する内容となりました。手動での再生となってしまいますが、ご協力を頂いて雰囲気が伝われば幸いです。

10分間DJの構成(再現)
当時の構成に沿って、音声と音楽を組み合わせて再現しています。
お時間のある方は、順に再生していただくと当時の雰囲気を感じていただけると思います。
テーマはShirley Bassey特集
オープニング
▶ DJ音声①(オープニング)
▶ DJ音声②(1曲目紹介)
▶ DJ音声③(2曲目紹介)
▶ DJ音声④(CM)
▶ 🎵 African Symphony(Van McCoy)
▶ DJ音声⑤(日本ビクター クリエイトD9 商品紹介)
▶ DJ音声⑥(3曲目の帰り来ぬ青春の紹介)
▶ 🎵 Yesterday When I Was Young
エンディングテーマ
▶ 🎵バリー・ホワイト「愛のテーマ」
▶ DJ音声⑦(エンディング)
審査員 久米宏さんの総評(録音より)
DJ終了後、会場審査員のコメントに続き、久米宏さんから総評がありました。
※本内容は当時の録音をもとに、一部表現を現代向けに整えて掲載しています。
久米宏さんのコメントは約2分に渡って頂きましたが、本記事では重要な部分を約30秒に編集して音声として下記にアップしました。
久米宏さん 30secコメントに短縮(MP3)
※本コメントは当時の録音をもとに、一部を抜粋・編集して掲載しています。
全文のやり取りは別記事にて掲載予定です。
その他の内容については下記からテキストにて詳細までご紹介しています。
「ラジオは不特定多数に向けたものです。
相手は何も知らない前提で話さなければならない。」
「臨場感が大切です。
聞いている人が、その場にいるように感じられる説明が必要です。」
「もっと具体的な説明がないと、知らない人には伝わりにくいわけです。
シャーリー・バッシーが『ゴールドフィンガー』を歌うときの指の動きや、マイクに向かうしぐさなど、
実際のステージでの表現があります。
そうした動きや表現を具体的に伝えることで、聞いている人により臨場感を持って届けることができると思います。」
「非常に良いDJでしたが、
その点が加わるとさらに良くなると感じました。」
50年後に聴き返して
この総評を50年後に改めて聴き返し、当時は理解しきれていなかった再度、言葉の重みを感じました。
「相手は何も知らない前提で話す」
「臨場感を伝える」
これは現在のブログにも通じる本質だと感じています。
当時の会場について
会場となった「ビクターミュージックプラザ」は、BIG BOX 高田馬場の9階にありました。
1974年オープン当初の様子は、高田馬場経済新聞の下記記事でも紹介されています。
BIGBOX高田馬場オープン当初の9階部分「ビクターミュージックプラザ」のイメージ=街のシンボル「BIGBOX高田馬場」が50周年


まとめ
この録音は、私にとって音楽との原点ともいえる記録です。
1976年、高田馬場のBIGBOXで経験した10分間のDJ。
そして、久米宏 さんからいただいた言葉。
「相手は何も知らない前提で話す」
「臨場感を伝える」
50年後に聴き返して、その意味を改めて実感しています。
時代は変わりましたが、
音楽を伝える本質は変わらないと感じています。
この記録が、同じように音楽や言葉を届ける方にとって
何かのヒントになれば幸いです。
▶ 審査コメント全文(文字起こし)はこちら 👇
【全文文字起こし】1976年ビクターDJ大会|久米宏さん 審査コメント完全版 – 松藏七代 癒しの情報


