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【2026年2月最新】新宿三丁目〜東口の現在地|伊勢丹日本一・末廣亭・西口再開発を写真42枚で歩く50年の記録

日常生活で感じる癒し

【2026年2月最新】新宿三丁目〜東口の現在地|伊勢丹日本一・末廣亭・西口再開発を写真42枚で歩く50年の記録

  1. 2026年2月6日、新宿を歩くということ
  2. 新宿という巨大都市の前提
  3. タカシマヤから武蔵野通りへ
    1. ビルの上に新宿中村屋の独特な看板
    2. ライオンズ会館とメニューケース
    3. 紀伊国屋書店の大きい看板が、横には、disneyの看板
  4. 三越の消滅とビックロの実験
    1. 三越の名残
    2. 独特なブルー、ティファニー新宿
    3. 新宿マルイ 本館
  5. 伊勢丹という巨大な存在
    1. 新宿伊勢丹本店の歴史を簡単に
      1. 新宿での創業:1933年(昭和8年)
      2. 現在の情況:驚異の「日本一」
    2. 老舗の天ぷら屋つな八
    3. ルイ・ヴィトン 新宿店
  6. 末廣亭という時間の止まる場所
      1. 「畳で聴く」という贅沢:桟敷(さじき)席
      2. 「落語家」にとっての聖地
      3. 感じたかもしれない「空気感」
    1. ■行きそびれた「新宿ピットイン(PIT INN)」への想い 行きそびれ写真無しで
  7. 富士そばとルノアール
      1. 名代 富士そば:立ち食いそばのパイオニア
      2. ルノアールは第二の応接間。
  8. テアトル新宿
  9. かに道楽 新宿本店
  10. 伊勢丹駐車場 & 伊勢丹会館
  11. DUG(ダグ)
  12. 三平ストア & シーブラ
  13. JR新宿東口と東口から見た西口のクレーン
    1. 「迷宮」から「開かれた広場」へ
    2. 進化するランドマーク:3D巨大猫とアルタの終焉
    3. JR新宿東口側から見る現在の西口背景
    4. Gucci新宿
    5. 新宿中村屋ビルと入り口
    6. 新宿通り(メイン通り)の一部風景
    7. 新宿タカシマヤ タイムズスクエア(外からの風景)
  14. まとめ|2026年の新宿を記録する意味

2026年2月6日、新宿を歩くということ

2026年2月6日、新宿を歩く。

1年以上ぶりの上京。
2月5日に東京入りし、いつもの東京ドームホテルへ。
冬の澄んだ空気の中、72時間券を手に地下鉄へ向かう。

今回のテーマはひとつ。

「50年前と今が同時に存在する街、新宿」

写真42枚で、その現在地を記録します。

今回は歩いたコースが判る様に、汚いですが手動で描いて見ました。その下はGoogleマップで拡大してご確認ください。

新宿という巨大都市の前提

新宿駅は1日約350万人が利用する世界最大級のターミナル。

この数字だけで、新宿が常に変化し続ける理由がわかります。

地下鉄網は丸ノ内線・副都心線・都営新宿線が交差。
地上に出ずにタカシマヤまで到達可能。

かつて貨物ヤードだった南口は、1996年のタカシマヤ開業で都市の流れを変えました。

タカシマヤから武蔵野通りへ

南口の重厚なエントランス。

ここから新宿三丁目へ向かいます。

武蔵野通りに入ると、空気が変わります。

ビルの上に新宿中村屋の独特な看板

新宿の街角で、誰もが一度は目にするであろう『中村屋』の書体。2014年にビルは新しくなりましたが、この看板の文字を見るだけで、あの伝統のカリーの香りが漂ってくるようです。芸術家たちを支えた『中村屋サロン』の精神は、今もこの地で静かに息づいています。

ライオンズ会館とメニューケース

新宿通りに面した『ライオンズ会館』。ショーケースに並ぶ色とりどりの食品サンプルは、昭和から続く『外食のワクワク感』を今に伝えています。デパートの裏側にひっそりと、しかし力強く残るこの佇まいに、思わずシャッターを切りました。」 ※補足:ライオンズ会館は、老舗のサッポロライオン(ビアホール)系が入る、サラリーマンの憩いのビルですね。

紀伊国屋書店の大きい看板が、横には、disneyの看板

新宿の知の殿堂『紀伊國屋書店』の武骨な看板。そのすぐ横には、夢の国『ディズニー』の華やかなサインが並んでいます。文化、教養、そしてエンターテインメント。この『何でもあり』な多様性こそが、新宿という街の面白さそのもの。周辺の4枚の写真には、そんな新宿の多面性が凝縮されています。

これらの「撮り始め」の写真は、「新宿という巨大なパズルを、一つずつピースを拾いながら解き明かしていく」という導入にぴったりです。
高島屋(南)からスタートして紀伊國屋(中央)を通り三丁目(東)へと、このルートは、新宿を歩く人の「王道」でありながら、昔の新宿を知る方にとっては「劇的な変化」を感じるルートでもあります。

・新宿中村屋
・ライオンズ会館
・紀伊國屋書店

昭和、平成、令和が混在する景色。

新宿は“重層都市”です。

三越の消滅とビックロの実験

1930年開業の三越新宿店。

2012年閉店は、新宿百貨店時代の終焉でした。

その跡地に誕生した「ビックロ」。

家電とアパレルの融合。

2024年10月、ユニクロ新宿本店として再集結。

中に残る大理石の階段は三越の名残。

「変化」と「記憶」が同居する建物。

「新宿三越」から「ビックカメラ」へ
1929年(昭和4年)に新宿アルタ側へ移転、1930年(昭和5年)新宿通りに鉄筋コンクリート8階建て(のちに三越アルコット)で現在の場所で開業しました。しかし2012年3月、80年以上の歴史に幕を閉じ、新宿からついに「三越」の看板が消えることに。これは当時の新宿にとって、一つの時代(デパート黄金時代)の終焉を告げるような大ニュースでした。 ちなみに、現在もビルの名称は「MI新宿ビル本館」(MI=三越伊勢丹)のまま。ビックカメラが三越伊勢丹から建物を借りて営業を続けている点に、かつての面影が隠されています。

伝説の「ビックロ」時代(2012年〜2022年) 三越が去った半年後の2012年9月、家電のビックカメラと衣料のユニクロが融合した新業態「ビックロ」が誕生しました。「家電量販店なのにマネキンが最新ファッションに身を包み、カメラを提げている」という斬新な店舗づくりは、異業種コラボの先駆けとして大きな話題に。

そして現在:ユニクロ新宿本店の誕生と再集結 10年間にわたる定期借地契約の満了に伴い、2022年6月に一度はユニクロが退店。「ビックロ」としての歴史に幕を下ろしました。 しかし、2024年10月25日、同じビルに「ユニクロ 新宿本店」がグローバル旗艦店として華やかに再出店。現在は「ビックロ」という名称ではありませんが、再びビックカメラとユニクロが同じ巨大なビルに同居し、新宿東口のショッピングの核として新たな賑わいを見せています。

三越の名残

実はこのビル、中に入ると「三越時代の大理石の階段」などが今も残されています。

「最新家電や服が並ぶフロアの片隅に、かつての百貨店の気品を感じさせる大理石の質感が隠れている。50年前、おめかしして訪れた三越の面影を、今のビックカメラの中に探してみるのも新宿歩きの醍醐味です。」

 

独特なブルー、ティファニー新宿

このテファニー店舗は2014年にオープンしたようですが、最近さらに目立っている理由として お隣のビックカメラ(旧ビックロ)のビルに、2024年10月、世界最大級の「ユニクロ 新宿本店」がオープン、この影響で、あのブロック全体の注目度が上がり、ティファニーの店舗も改めて「あんなところにあったんだ!」と目に留まりやすくなっているようで、場所も「新宿三丁目駅」の出口からもすぐなので、待ち合わせ場所としても使われることがあるほど目立っています。

因みに、銀座も目立っていましたが、2025年7月、東京・銀座にアジア最大級のフラッグシップストアがオープン、日本初のカフェ: 4階に日本初上陸の「ブルー ボックス カフェ(Blue Box Cafe by Natsuko Shoji)」が併設され、予約が取れないほどの人気です。

新宿マルイ 本館

新宿マルイ 本館:進化を続ける「ブランドの顔」 現在の「新宿マルイ 本館」は、2009年4月24日にグランドオープンしました。かつては「マルイシティ新宿」など複数のビルに分散していましたが、それらを統合・建て替え、屋上庭園「Q-COURT」を備えた現在の洗練されたビルへと生まれ変わりました。 時代のトレンドを牽引する新宿店は、まさに丸井の「商業的な旗艦店」であり、ブランドの華やかな顔としての役割を担っています。

中野マルイ:歴史を繋ぐ「創業の地」 一方で、丸井のルーツである中野本店も、2011年に「中野マルイ」としてリニューアルオープンしました。新宿が「若者・ファッション・トレンド」を追求するのに対し、中野は「地域密着・食・ライフスタイル」を重視。創業の地らしく、地元の人々に愛される落ち着いた空間を提供しています。 中野は歴史的な「創業の地」であり、今もグループの本社が置かれる「会社の心臓部」なのです。

次なる旅路へ:変わりゆく中野への期待 新宿の活気に触れた今、次はぜひ中野を訪れたいと考えています。若い頃の記憶に刻まれている「中野サンプラザ」も解体され、新たな姿へと変わりつつあります。その変貌ゆく街の様子とともに、丸井の原点である中野の空気感を再び味わう日を楽しみにしています。

伊勢丹という巨大な存在

1933年、新宿へ進出。

百貨店単体日本一。

東京都選定歴史的建造物。

90年以上前の後発組が、今や世界水準のファッション拠点。

ティファニー、ヴィトン、グッチが路面店を構える理由。

答えは伊勢丹の集客力。

新宿伊勢丹本店の歴史を簡単に

新宿での創業:1933年(昭和8年)

伊勢丹そのものの創業は1886年の神田(呉服店)ですが、新宿三丁目の現在の場所に本店を移したのは1933年9月のことです。

後発組としての進出: 当時、新宿にはすでに「三越」や「ほてい屋」という有力な百貨店がありました。伊勢丹は後発でしたが、斬新なディスプレイやファッション提案で一気に人気店となりました。

隣の百貨店を吸収: オープンからわずか2年後の1935年、隣にあったライバル「ほてい屋」を買収・合併しました。実は今の建物、よく見ると「伊勢丹が建てた部分」と「旧ほてい屋の部分」が繋がって一つになっているんです。

建物の価値:東京都選定歴史的建造物
あの石造りの外観は、当時の流行だった「アール・デコ様式」を取り入れたもので、1933年の竣工当時の意匠を今も大切に残しています。 1996年には「東京都選定歴史的建造物」にも指定されており、新宿の近代化を象徴する文化財のような存在でもあります。

現在の情況:驚異の「日本一」

現在の伊勢丹新宿本店は、単なる百貨店を超えた圧倒的な実績を誇っています。

売上日本一: 百貨店の店舗別売上高で日本一を独走しています。

4000億円の大台: 2024年度(2025年3月期)の売上高は、ついに4,212億円を記録しました。これは1つの店舗の売上としては歴史的な数字で、東京地区の百貨店シェアの約4分の1をこの1店で占めている計算になります。

「ファッションの聖地」: 「世界最高のファッションミュージアム」を掲げ、ラグジュアリーブランドから新進気鋭のデザイナーまで、ここに来れば最先端があるという唯一無二の地位を確立しています。

まとめると: 90年以上前に後発として新宿に乗り込んできた伊勢丹は、今や「日本で最も売れる、世界屈指のファッションビル」へと進化しました。

ティファニーが新宿伊勢丹店を大幅リニューアルしたり、近くに路面店を構えたりするのも、この「伊勢丹を中心とした新宿三丁目エリア」が、世界中のブランドにとって最高に価値のある場所だからなんですね。

あの界隈の歴史を知ると、ビックカメラ、ティファニー、マルイ、伊勢丹と並ぶ景色が、時代を超えた「商売の真剣勝負の跡」に見えてきませんか? 次は、伊勢丹の中にある面白い隠れスポットや、屋上の話などもありますが次の機会に・・・

老舗の天ぷら屋つな八

天ぷら 新宿つな八(総本店): 大正13年創業。2022年にリニューアルされましたが、その技術は100年以上。新宿の「粋」を代表する味です。

ルイ・ヴィトン 新宿店

ルイ・ヴィトン 新宿店 & Gucci新宿: 新宿通りを彩るラグジュアリーの頂点。特にヴィトンの路面店は、新宿のステータスを象徴しています。

末廣亭という時間の止まる場所

再開発の中心から数百メートル。

昭和21年再建、木造寄席。

座席数313。

提灯、寄席文字、桟敷席。

伊勢丹のショーウィンドウから歩いて数分で、江戸の空気。

ここが新宿の奥深さ。

平日でしたが開演1時間前で多数の行列まちができていました。

新宿末廣亭: 昭和21年に再建された、都内に残る唯一の木造建築の寄席。ここだけ時が止まったような趣があり、新宿の文化の深さを物語っています。

都内で唯一、戦後の木造建築が残る「寄席」
新宿の超高層ビルや最新のブランド店に囲まれた中で、ここだけが「江戸・明治の芝居小屋」の雰囲気をそのままに残しています。

建築の価値: 現在の建物は昭和21年(1946年)に再建されたものですが、寄席特有の「櫓(やぐら)」が上がった木造建築は、都内の定席(じょうせき:年中無休の寄席)ではここだけです。

看板の文字: 入り口に並ぶ独特の太い文字は「寄席文字」と呼ばれ、空席がないように(大入りになるように)という願いを込めて、隙間なく書かれています。

「畳で聴く」という贅沢:桟敷(さじき)席

末廣亭の最大の特徴は、客席の両脇にある「桟敷席(さじきせき)」です。

靴を脱いで畳に座り、お弁当を食べたりお茶を飲んだりしながら落語を楽しむ……。このスタイルは、椅子席が主流になった現代では非常に貴重な体験です。

演者(落語家さん)との距離が近く、扇子一つで景色を変える芸の細かさを間近で感じることができます。

「落語家」にとっての聖地

末廣亭は、落語家さんたちにとっても特別な場所です。

伝統の継承: 真打(しんうち)昇進の披露興行など、人生の節目となる大切な舞台がここで行われます。

独特の雰囲気: 楽屋も非常に趣があり、数々の名人がこの高座に上がり、新宿の観客を笑わせてきました。

感じたかもしれない「空気感」

「伊勢丹の華やかなショーウィンドウから歩いてわずか数分。末廣亭の前に立つと、漂ってくる空気の色がガラリと変わります。提灯に灯がともり、呼び込みの太鼓の音が響く。そこは、スマホの画面ばかり見ている現代人が、唯一『肉声の芸』に耳を澄ませる、新宿の聖域でした。」

「豆知識」
下足番(げそばん)さん: かつては靴を預かるプロがいましたが、現在はセルフ式が多い中、末廣亭ではその名残を感じさせる受付の雰囲気が大切にされています。

年中無休の美学: 寄席は「興行(イベント)」ではなく「日常」です。365日、昼夜休まずに幕が開く。その変わらない日常が、新宿という激動の街の支えになっています。

「最新のティファニーやヴィトンの輝きも新宿なら、この末廣亭の古びた木のぬくもりもまた、新宿の真実。 2月6日の散歩道で、一番『人間臭さ』を感じたのは、この場所だったかもしれません。」

■行きそびれた「新宿ピットイン(PIT INN)」への想い 行きそびれ写真無しで

今回は行けなかったけれど……

1965年創業、世界中のジャズマンが憧れる「日本ジャズ界の殿堂」です。
新宿三丁目の、ちょうど伊勢丹の裏手(末廣亭の近く)にあります。(上記の右端黒丸の位置)

末廣亭やDUGを巡りながら、新宿の深い文化の香りに触れた今回。残念ながら日本ジャズの聖地『ピットイン』までは足を伸ばせませんでしたが、また次回の楽しみとして、漏れ聞こえるリズムを想像しながら街を後にしました。

富士そばとルノアール

1966年創業の富士そば。

1970年代、深夜まで働くサラリーマンの味方。

名代 富士そば:立ち食いそばのパイオニア

1970年代初頭、24時間営業の立ち食いそばは、深夜まで働くサラリーマンにとって革命的な存在でした。

1972年に「名代富士そば」として本格展開を始めたばかりの時期です。当時は渋谷・新宿・池袋・西荻窪といった主要駅の駅前にしかなく、まさに「知る人ぞ知る、都会の早い・安い・旨い店」でした。

推移といま: 店舗数はかつての「右肩上がり」から、現在は「質の維持」と「立地の厳選」へとシフトしています。しかし、今でも「新宿駅周辺だけで数店舗」が密集しているのは、50年前から変わらず新宿の胃袋を支え続けている証拠です。

他の立ち食いそばのお店も沢山ありますよ・・・

ルノアールは第二の応接間。

Wi-Fi完備の現在も、
あの「最後の温かいお茶」は変わらない。

街のスピードを緩める存在。

「ルノアール」は、かつてのサラリーマンにとって、単なる喫茶店ではなく「営業の作戦会議室」であり「仮眠室」でもありました。

1964年に1号店ができ、1970年代は高度経済成長期の勢いに乗って、都心の主要ビルへ急速に拡大していた時期です。

サラリーマンを支えた「黄金のセット」
50年前、新宿を歩くサラリーマンのルーティンはこうだったのではないでしょうか。

朝・昼: 富士そばでサッと「天ぷらそば」をかき込み、現場へ急ぐ(原動力)。

午後: ルノアールの深いソファで、熱いおしぼりと冷たいアイスコーヒー。最後に出てくる「温かいお茶」で一息ついてから、次の商談へ向かう(癒し)。

「50年前、若きサラリーマンだった私たちが、戦場のような新宿で唯一自分を取り戻せた場所。

当時はまだ数少なかった『富士そば』でエネルギーをチャージし、街角の『ルノアール』で重いカバンを置いて一息つく。 2026年の今、店舗の姿は少しずつ変わりましたが、新宿三丁目の路地裏にあの看板を見つけると、今でも当時の熱気が蘇るようです。

テアトル新宿

1957年創業。日本映画の聖地として、多くの名作がここから巣立ちました。
新宿の街がどれだけ巨大化・チェーン化しても、ここだけは「映画愛好家の聖地」としての誇りを失わない、特別な場所です。
テアトル新宿:日本映画の「心臓」が動く場所

50年前から続く「地下の熱気」: 1968年に現在のビル(伊勢丹のすぐ近く)でオープンして以来、ここは一貫して「映画好き」のための場所でした。50年前、当時のサラリーマンたちが仕事帰りに、あるいは学生たちが夢を語り合いながら地下へ降りていった階段は、今もそこにあります。

「ここからヒットが生まれる」という伝説: 大手のシネコン(シネマコンプレックス)が主流の今でも、テアトル新宿は「単館系」の映画を大切にしています。ここで上映されて評判になり、全国へ広がった名作は数知れず。まさに、日本映画の新しい才能を見守り続けてきた「ゆりかご」のような劇場です。

「伊勢丹の向かい、地下へと続く階段。そこには、地上のにぎやかさとは別の、静かで熱い情熱が流れています。テアトル新宿。50年前も今も、ここは映画を通じて誰かの人生が変わる場所。劇場のロビーに漂うあの独特の空気感は、新宿という街が持つ『文化の底力』そのものでした。」

 

かに道楽 新宿本店

かに道楽 新宿本店: あの巨大な動くカニは、もはや新宿の「待ち合わせ場所」の定番。関西から来たブランドが、今や東口の顔と言われています。

伊勢丹駐車場 & 伊勢丹会館

伊勢丹の裏側と生活の息吹、伊勢丹駐車場 & 伊勢丹会館には昔ながらの飲食店が入り、デパート本館とは少し違う「通(つう)」な雰囲気が漂います。

DUG(ダグ)

伝説のジャズ喫茶。村上春樹の小説『ノルウェイの森』にも登場する、新宿ジャズカルチャーの象徴的な場所です。

 

三平ストア & シーブラ

三平ストア & シーブラ: 高級ブランドが並ぶすぐ裏にある「三平ストア」は、まさに新宿の台所。創業者が落語家の林家三平さんと親交があった歴史も面白いところです。

 

JR新宿東口と東口から見た西口のクレーン

かつてのサラリーマンたちが待ち合わせをした東口。

「迷宮」から「開かれた広場」へ

50年前は、東口と西口を行き来するには、地下の暗い通路か、入場券を買って改札内を通るしかありませんでした。
東西自由通路(2020年開通): 現在は、改札の外に広々とした「東西自由通路」ができています。これにより、東口から西口への移動が劇的にスムーズになりました。
駅前広場の再整備: 以前はバスやタクシーがひしめき合っていましたが、現在は歩行者がゆったりと歩けるスペースが広がり、より開放的な「街の玄関口」に生まれ変わっています。

進化するランドマーク:3D巨大猫とアルタの終焉

東口といえば「スタジオアルタ」が象徴でしたが、2025年2月末にアルタビジョンがその長い歴史に幕を閉じました。

クロス新宿ビジョン(巨大猫): アルタに代わって現在の東口の顔となっているのが、向かいのビルにある3D巨大猫です。2026年には、向かい側に「クロス新宿ビル2」が開業予定で、2つの巨大スクリーンが連動するさらにダイナミックな光景が見られるようになります。

JR新宿東口側から見る現在の西口背景

JR新宿東口から見る西口: 今、ブログのメインビジュアルにぴったりなのがこの景色です。
クレーンの見える風景: > 小田急百貨店の解体が進み、西口には巨大なクレーンが並んでいます。「2026年の新宿」を象徴する、100年に一度の大改造の真っ最中を捉えた貴重な一枚になります。

写真に収められた「東口から見る西口のクレーン」は、今の新宿でしか撮れない、歴史的な記録です。
100年に一度の改造: 現在、西口では小田急百貨店の解体が終わり、地上48階建ての巨大ビルを建設中です。

東口の広場から西口を見上げると、巨大なクレーンが空を切り取っています。50年前に私たちが歩いた低いスカイラインは姿を消し、2026年の今、新宿は過去最大級の脱皮を遂げようとしています。かつて『マイシティ(現ルミネエスト)』の開業に胸を躍らせたあの頃のように、私たちは再び新しい街の誕生を待っているのです。

現在進行中の

「新宿駅西口地区開発計画」

地上48階、高さ約260m。
完成予定2029年度。

東口広場から見るクレーン群。

これは“今しか撮れない風景”。

完成後には消える。

都市の脱皮過程。

Gucci新宿

グッチ新宿は、単に商品を売るだけでなく、ギャラリーのような役割も果たしています。時にはアーティストとコラボした独創的なウィンドウディスプレイを展開し、通りがかる人々に「今の時代の美意識」を提示し続けています。

新宿中村屋ビルと入り口

新宿中村屋ビル: 2014年に建て替えられましたが、地下には伝統のカレーの香りが漂います。かつて芸術家が集まった「中村屋サロン」の精神を今も受け継ぐ美術館も入っています。

新宿通り(メイン通り)の一部風景

新宿通りは、伊勢丹、丸井、そしてティファニーやルイ・ヴィトン、グッチといった世界的なハイブランドの路面店が軒を連ねる、新宿で最も華やかな大通りです。
「世界屈指のショッピングストリート」。穏やかな光の中で、建物のガラスやブランドの看板がキラキラと輝く様子は、現代の新宿を象徴するカットになります。

新宿タカシマヤ タイムズスクエア(外からの風景)

散歩の終着点ですね。東口・三丁目エリアから甲州街道を越えて南口側へ。
風景のポイント: 1996年にオープンしたこの巨大な建築は、新宿の人の流れを南側に大きく変えました。外から眺めると、その圧倒的なスケール感と、JR東日本本社ビル、隣接するバスタ新宿やNTTドコモ代々木ビルの時計塔が見え、「広々とした新しい新宿」を感じさせる締めくくりにぴったりです。

これから、私も含めて友人6人、西口方向の待ち合わせ場所へ移動・・・

5~6時間飲んで下記宿泊先へ・・・

東京ドームホテルの夜景で締めくくります。

まとめ|2026年の新宿を記録する意味

新宿は完成しない街。

壊し、建て替え、そして残す。

三越の記憶。
伊勢丹の現在。
末廣亭の昭和。
西口の未来。

東口から見たクレーンの風景は、数年後には消えているかもしれません。

だからこそ、2026年2月6日の空の下にあったこの景色を、ここに記録しておきます。

次回は行けなかった「新宿ピットイン」へ。

新宿は、まだ奥が深い。

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